2006年7月アーカイブ

今年初めて「古巣」アビスパ福岡の試合を中継した。
つい1か月前までスカパーで一緒にしゃべっていた川勝良一さんが監督になっての初戦。

W杯の中断前の一番の課題は得点力不足。
守りはJ1でも通用することを見せていた開幕からの3ヶ月だったが、得点は名古屋と並びワーストだった。

結果は今季6度目のスコアレスドロー。
しかし以前と変わっていないとは言わせない、ゴールへの意識の高いサッカーに転換していた。

就任と同時に攻撃サッカーを掲げた川勝監督の戦術が良く浸透していると感じられた。
「きょうは前線に4、5人入ることができた」と川勝監督が会見で語ったように、
左サイドの古賀がクロスを上げる体制に入ると、ゴール前には数人の選手が常に待っている。
高い位置でプレスを仕掛けているからこそ、そういった分厚い攻撃が可能になってくる。

私がかつて福岡にいた当時のアビスパ第一J1期、そしてJ2で戦った数年間、
ここまで前線からの意識あるプレスをかけられていただろうか。
もちろん今日の試合も完全とは言わないが、
単にサイドを突破してクロスをあげるサッカーから、ひとつ進化した形を見せることが出来たように思う。

「残留に終わるのではなく、それより上にいたい」とリーグ再開前に話した川勝監督の言葉は、
まだ一試合だけだが十分に現実味を帯びているように感じた。

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今年からテレ玉(旧称・テレビ埼玉)でも高校野球の中継をやらせていただいています。

7/15に実況したのは、
北川辺高校という、昭和49年の創部以来公式戦で1度も勝ったことのない学校の試合でした。

ただ正直な話、「悲願の1勝を」なんて言葉が浮いてしまうくらい、
試合前のチームの雰囲気は、のんびりしたものでした。

対戦相手はDシード校の本庄第一高校。
予想通り、結果は5回コールド13-0で北川辺高校は敗れました。

1回は四死球と捕逸の連続で1安打しか打たれていないのに6失点。
2回は長打の連続で5失点。

『いい意味で試合を長くやれればいい』という山田監督の思いむなしく、
序盤で試合は決しました。

北川辺高校は、ここ数年は部員が揃わず、他のクラブから借りてきた選手で夏の大会を戦うことが多く、
勝利できないのも無理はない話しでした。

ところが今年は、1年生部員が「どういうわけか」(生徒指導部の先生談)大量に入部し、
久々に本当の部員だけで夏の大会の登録メンバーを組むことが出来ました。
それを象徴するかのように、スタメンは1年生8人に2年生が1人。

序盤は前述したように、大量失点の試合でした。
ただ4回は、ピンチをまったく作らず無失点で終えることができました。

その回の投手は、それまで捕手を務めていた体重100キロの齋藤君。
キャッチャーにそれまでセンターを守っていた稲見君。
どちらももちろん1年生です。
この二人は放送席にゲストとして入っていただいた先生いわく、最も信頼できる二人だそうです。

序盤の不安定さから、徐々に試合が落ち着いてきたのは実況していても感じる部分でした。
何よりゲストの先生が、その回を楽しそうに見つめている姿が印象的でした。

試合前の雰囲気では、
心底勝ちたい、あわよくば俺たちでも勝てるかも、なんてことを考えている選手はいなかったように見えました。
しかし久々に大量に入ってきた1年生達が、この1イニングを「自信」として胸に刻み込み、
来年は、心の底から『目標は初勝利です』と言ってくれるだろう、そんな期待を抱きました。

ぜひ悲願の創部初勝利を、卒業までに達成して、北川辺高校の歴史の1ページを飾ってください。

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試合が終わって、監督はすぐに選手を集めミーティングを行った。

「今日のことは絶対忘れるな。
これからは死に物狂いでがんばれ」

部員14人の、学校創設以来初の公式戦が終わった。
10-2 7回コールド負け。

東葉高校は、おととしまで女子高だった。
去年から共学となり、野球部も作られた。
したがって2年生と1年生だけのチーム。

去年の夏は、高野連に加盟できていなかったこともあって、
夏の大会出場はおろか、練習試合すら出来なかった。

初めての『試合』は今年5月。
野球部創部以来はじめての公式戦が、この夏の大会となった。

初の公式戦を迎えるまでの苦労を小笠原監督はこう話す。

「部員が少ないこともあるので、やめられると大会に出られなくなってしまう。
うまく厳しさとやさしさを出し入れしながらやってきました」

やめた部員は一人もいなかった。

「正直、もっと泣く選手がいて欲しかったんですが・・・」

控え選手で、試合に出られなかった唯一の2年生、
橋本君だけが涙を浮かべながらロッカールームから出てきた。

彼は小学生の頃から病弱で、野球をやりたかったけど、できる状態ではなかった。

中学ではサッカー部に所属できるまでに体は問題なくなっていたが、
野球を好きだからこそ、未経験者がすぐにできるほど野球は甘くないと、
二の足を踏んでしまった。

しかし高校に入学し、やはり好きな野球をする決心をした。
彼自身、一からのスタートとはいえ、
野球部自体も同じ一からのスタートの東葉高校だったからこそ決断できたのかもしれない。

他の選手との差を埋めることは現段階では出来なかったが、
「練習をしっかりやってきたと自信を持っていえる者」
という試合後の監督の問いかけに手を上げた3人のうちの一人だった。

エースナンバーをもらった主将の大木君は、
この日、マウンドにはいなかった。
慣れない外野で、クラブ初の公式戦を迎えた。

前日の練習後『投手』として試合に出場できないことが分かり、
試合中も「投げたいという気持ちが常に頭にあって、頭を切り替えることが出来なかった」そうだ。

直前の練習試合で状態が良くなかったこともあるが、
小笠原監督は『来年のためでもあるんです』と大木君にマウンドを任せなかった理由を説明した。

「天狗になっていた面があった」
「彼はやってもらわないと困る選手」
だから、あえてこの初戦は彼を投げさせなかった。

全体ミーティングで、小笠原監督は言った。
「これからはニコニコやらないぞ。厳しくやろう」

部員が足りなくなるという危機感を持ちながらの練習はもう終わった。
部員それぞれが悔しさを感じたこの日、東葉高校の本当の野球部の歴史がスタートした。

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いよいよ高校野球モードです。
早速、千葉大会 開会式&開幕ゲームを取材してきました。
今年はやや過ごしやすい曇り空の開会式でした。

選手宣誓の市立稲毛の清田岳人君。

本人は「早口だったので90点」と言ってましたが、
よどみない宣誓。
文節ごとに区切る旧式のスタイルでなく、
軽やかなリズムで選手宣誓を謳いあげる光景に、放送席には驚きの声があがりました。

直後の開幕ゲームは「柏中央×船橋北」
両チームとも、マリンの弾む人工芝に守備が乱れました。
守備に関しては、練習どおりのプレーは思うように出来ませんでしたが、
両校の投手はそんな中でもリズムを大きく乱すことなく、
ゲームを作っていた姿には好感が持てました。

明日は午後から雨の予報です。
球場によってはぬかるんだりして大変でしょうが、皆さん、全力を出してがんばってください。

中田英寿引退裏話

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タイトルほど大げさなことは書いていないのであしからず・・・

4日間ほど沖縄で休暇を取っていました。
その間のビッグニュースは何と言っても『中田英寿選手の引退』。

思い返してみると、中田選手の実況をした記憶といえば、
昨季のボルトンでのプレー以外 なかった・・・(ダシャレじゃないです)

当然、中田選手の引退について、
このような公共の場で、さも全てを知っているかのように論じることは出来ません。

引退報道の翌日のワイドショーで、普段はほとんどサッカーを見ないであろうコメンテーターが、
ピッチでしばらく寝そべっていたのは、計算しつくされていたのではないか、とか、
中田選手というのはナルシストだと思います、とか好き勝手なことを言っているのを見て、
周囲の近しい選手、関係者手以外は公の場でコメントする権利はないんじゃないかとも思いました。

ただ引退の報道を見て、ひとつ思い出したことがあったので書きたいと思います。

普段私はスカパー!でイングランド・プレミアリーグを担当していますが、
今季最終戦(06/5/7)のボルトン戦の放送は当初野村明大アナウンサーの担当でした。
ところが、私が他の試合の放送を終えて戻ってくると、
ハイバリー(アーセナルの本拠地)のラストゲームを中継予定だった
西岡明彦アナウンサーがボルトン戦を実況しているではありませんか。

プロデューサーに聞くと、
中田選手サイドからぜひ西岡さんにしゃべってもらいたいというオファーがあったとのコト。

実はその数日前、西岡さんは中田選手に直接インタヴューをしに渡英していました。
最初私は、そのインタヴューを生かした実況をしてもらいたい、程度の意味合いかなと思っていたのですが、
今考えると、今の思いを全て伝えた西岡さんに、
クラブとしての現役最後の試合をしゃべってもらいたかったのだということが容易に想像がつきます。

選手の気持ちとはまさにこれが本音でしょう。
知らない人より、自分を分かってくれている人に最後の試合は実況してもらいたい。

実況者を指定するという、通常はありえないこの行動が、
中田選手のこれまでのサッカー人生に対する思いに重なっている気がしてなりません。

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98年大会決勝の再現となったブラジル×フランス。
その時は、フランスが勝って初優勝を果たしたのだが、スコアは3-0という圧勝だった。

ジダンが輝きを最大限放つ一方、
ロナウドは試合当日に原因不明のひきつけを起こし体調不良のまま強行出場。

前回大会でW杯を制したとはいえ、このときの屈辱はブラジルの汚点であり、
ゼロベルトも試合前のインタヴューで「98年大会の心の傷」と表現している。

試合は序盤こそブラジルが自慢の攻撃陣で試合を支配するかに見えたが、
いつの間にかフランスペースへと変わっていった。
マケレレの中盤での守備が効き、ブラジルの攻撃の芽を摘み始めると、
そこから早い仕掛けでジダンを経由した攻撃が増していった。

後半もフランスのコンパクトな守備がブラジルの攻撃を封じ、
後半12分にジダンのFKからアンリが待望の先制点を挙げる。
結局その1点をフランスがしっかりと守りきったわけだが、
組織化された守備が完全にブラジルの攻撃を封じ込めていた。

もちろんブラジルも負けず劣らず浅い守備を敷きながら、
失点はセットプレーからだったことを考えればよくやったと思うが、
やはりブラジルとしては一番の持ち味を消されてしまっては元も子もない。

野球でよくある、破壊力のある攻撃陣を持ちながら、
いい投手のそろったチームに本塁打一発で敗れてしまうという感じだろうか。

それにしてもジダンは今大会を最後に現役を引退といいながら、
試合を追うごとに輝きが復活しつつある。

特に前半終了間際、自陣の深くでボールを奪ってから、二人をすばらしい身のこなしでかわして、
ピッチ真ん中を駆け上がったビエラにパスを出したシーンは圧巻だった。

実況アナとしては、試合のポイントのほかに、
ひとつのドラマのようなものもあわせてしゃべりたいと思うのだが、
今日の場合、

「またしてもブラジルの前に立ちはだかったジダン」
「98年の対戦は06年にもすべて引き継がれた」

こんな感じになるだろうか。

ちなみにこの試合は現地実況がついたため、
私自身はお台場のスタジオで前枠、ハーフタイム、後枠のアナウンスをするだけで、
基本は解説の羽中田さんとテレビ観戦。

ドイツから届く実況の音声に耳を傾けながら、
W杯の現地実況はやっぱりいいなぁと、
今後に向けまた新たなやる気がふつふつと沸いてきた午前6時でした。

群馬県前橋にやってきました!
かつてから名前だけはよく聞いていた敷島公園野球場。
利根川の横にたたずむ緑に囲まれた球場です。
レフトスタンド後方には可動式の屋根を持つプールも。
(スイマーだった僕にとって、前橋にこんな施設があるのはオドロキ!)

さて試合は西武の許銘傑が試合を壊してしまいました。
いや、正確に言うと壊す前に交代させられました。
しかし西武の流れは大きくは変わらず、オリックスの大勝です。

この日の解説は松沼博久さん。弟の雅之さんも文化放送の解説で前橋にいらっしゃってましたが、
西武で投手コーチの経験もあるお二人が口をそろえて言うのは、

「許銘傑は気持ちの問題だけ」

簡単に言えば「二軍相手なら見下ろして投げられるが、一軍で実績ある選手、チームと対戦するとたちまち打ち込まれてしまう」

よく腕を振って投げるといいますが、こういう精神状態ではなかなか思い切って腕のしなりを効かせて投げられません。

まさに今日の立ち上がりもそうでした。
今日は相手打者というより、おそらく先発としてそろそろ結果を出さなければという焦りが一番大きかったのではないでしょうか。

思うように打者を抑えられないイライラが、最終的には細川捕手にも伝染し、
たまりかねた伊東監督が立ち上がり以外は何とか抑えていた許をすぐに交代させました。
その後聞いた話では、あの温厚な細川がベンチ裏でかなりカリカリしていた様子だったそうです。

確かに一軍と二軍の差は精神科的なものが多くを占めます。
二軍ですばらしい活躍をして一軍に上がってきても、
何度もその厚い壁に跳ね返される選手を数多く見てきました。

ただ許の場合、かつて01年に11勝を挙げた投手です。
一軍の舞台で結果を残したことのある選手が、なぜ今になってその壁を乗り越えられないのでしょうか?

5月終わりの阪神戦で2番手でロングリリーフした時の許のピッチングは、
かつてのいい時を思い起こさせる内容のものでした。
まさに気持ちの問題だけだと思います。

メンタル面を乗り越えた選手を取材して、必ず聞く言葉があります。

「結果を欲しがらなくなった」
「自分のやってきたことを出す、それだけを意識して打席(マウンド)に立っている」

かつて許が活躍した実績は、もしかしたら「ホンモノ」ではなかったのかもしれません。
技術だけで結果を残すのでなく、精神面もあわせて結果を出すことで初めて本当の「ピッチング」が確立されると思います。

いつの日か、許が再び先発ローテに組み込まれた時、
きっと許は「自分の財産」を手にしていることでしょう。